経営者対談

「リアルの郵便局ネットワークとデジタルの融合が、地域社会を支える共創プラットフォームを創りだす」
~日本郵政のネットワークが地域支援の基盤をつくり、FRONTEOのAIがフェアな情報社会をつくる~

日本郵政グループは、全国の郵便局ネットワークを通じて、郵便・貯金・保険の三事業を中心としたさまざまな商品・サービスを提供しています。お客さま本位の業務運営を進める中で、DX推進の一環として株式会社FRONTEO(以下、「FRONTEO」といいます。)のAIを導入し、お客さまの声を活用して経営課題の解決やサービス向上に取り組んでいます。
約2万4000局のネットワークを生かした「共創プラットフォーム」の実現に向けた取り組み及び今後の展望、日本郵政におけるAIの導入効果及び社会実装への期待について、増田社長がFRONTEOの守本社長と対談を行いました。

(写真:左)
日本郵政株式会社
取締役兼代表執行役社長
増田 寬也

(写真:右)
株式会社FRONTEO
代表取締役社長
守本 正宏 氏

【FRONTEOの企業概要】

FRONTEOは、自然言語処理に特化したデータ解析企業で、自社開発AIエンジン「KIBIT(キビット)」を用いて、膨大な量のテキストデータの解析を支援しています。
事業分野を創業事業であるフォレンジック調査、国際訴訟支援をはじめとするリーガルテックAIから、ビジネスインテリジェンス、ライフサイエンスAI、経済安全保障に拡大し、記録に埋もれたリスクとチャンスを見逃さないための最適なソリューションを提供しています。
日本郵政は、自然言語処理に強みを持つAIエンジン「KIBIT」の導入により、グループに寄せられる膨大なお客さまの声等を分析し、経営課題の解決及び商品・サービスの向上に活用しています。

郵便局は最も身近にある「公共の財産」
郵便局ネットワークで地域社会を支え、社会課題を解決していく

――日本郵政グループの中期経営計画「JPビジョン2025」に掲げる、お客さまと地域を支える「共創プラットフォーム」と、その実現のための価値創造戦略について教えてください。

増田社長:JPビジョン2025 の中で一番中心となる理念・考え方が「共創プラットフォーム」です。全国に約2万4000局の郵便局ネットワークがあります。郵便物を収集・配達するだけでなく、どの地域の企業・団体・個人の方にも郵便局ネットワークを使いやすく提供していく、つまり「郵便局は公共の財産である」という考えで打ち出したものです。

もちろん、公共的な役割を果たしていくために、郵便局もグレードアップしていく必要があります。地域によっては、2人3人しか社員がいない郵便局もありますから、さまざまな相談に乗ることができるようにオンラインで郵便局と専門家を繋ぐなど、郵便局の利便性を上げていきたいと思います。

また、2023年10月から「郵便局アプリ」をリリースしました。まずは郵便や荷物を送るといった機能に限られますが、今後は郵便局で展開しているサービスをスマートフォンアプリケーション上で24時間365日対応できるようにしてきています。リアルの郵便局ネットワークとデジタルを融合していくことで、より「共創プラットフォーム」の価値が向上すると思います。

増田社長

守本社長:FRONTEOは、もともとリーガルテック分野で創業しました。犯罪捜査や不正の証拠を見つけて課題を解決する「情報社会のフェアネス」の実現を目指すことが出発点です。本来、社会は法の下に平等であるはずですが、犯罪捜査や訴訟の場で、電子データの増加に伴い証拠を見つけるのが非常に困難となり、それが裁判上の適切な判断にも影響してしまうという課題があります。このアンフェアな状況を解決したいと考えました。

実はこの問題は、医療現場でも同様です。一例が、日本の最大の社会課題の一つともされる「認知症」です。認知症を診断できる専門医は全国でもわずかで、特に地方では専門医がいないために診断を受けられず対応が遅れることが起きています。認知症は進行すると戻らない病気なので、早期発見・早期治療が大切です。

現在、当社では、医療機関で活用いただく、会話を解析して認知機能低下の有無やうつ症状などを判定するAI医療機器の研究開発を進めています。この技術で専門医がいない地域でも一般の医師が診断に活用できるソリューションを提供し、医療のフェアネスに貢献したいと考えています。

守本社長

増田社長:石川県七尾市の南大吞郵便局では、「オンライン診療」の実証事業を行っています(注:実証期間:2023 年 11月 15日(水)~2024年2月16日(金))。認知症専門ではなく、一般的な診療ですが、効果を見ながら全国に広げていきたいと考えています。身近で最寄りにある郵便局に足を運ぶ動機付けがきちんとできると、認知症の早期発見のようなこともできる可能性があります。会話から認知症を早期発見できると、実家の親と離れて暮らす子どもたちなども安心できると思います。

守本社長「安心」と「信頼」は、その場所に足を運ぶ上での大きな価値です。地域に根付いた郵便局が活用されれば、認知症だけでなく、さまざまな社会課題の解決につながると思います。

増田社長:「共創プラットフォーム」という考え方は応用できる範囲がとても広いです。従来の郵便局の業務からもっと範囲を広げて、地域の公共或いは公益的なところまでどんどん広げていきたいと思います。ただし、郵便局の社員に、すべてのスキルを身に付けてもらうということは負担が大きくなりますから、郵便局の社員には従来通り地域に顔を出して、気軽にお話ができるという関係づくりをしっかりしてもらう。認知症の兆候発見のように専門的なことは、行政や他企業と連携しながら、AIを含めた最新のテクノロジーなども使っていきたいと思います。

守本社長:先述のAI医療機器は、保険診療で使用するものと並行して、受診前の段階で予防や早期発見に資するような、医療機関以外のプラットフォームで活用できる民生品も作りたいと考えています。

FRONTEOのAIの自然言語解析技術は、日常会話を解析して判定することが可能です。例えば、郵便局員の皆さんと地域の方とが信頼関係のある間柄の中で、会話から病気の兆候を見つけて診察をすすめ、受診率の向上や疾患の早期発見につなげるといった取り組みも考えられます。

認知症は、軽度のうちに発見することが重要ですが、軽度の方々はなかなか受診しないと言われます。しかし、郵便局ネットワークを活用し、会話による認知機能チェックを行うことで、地域社会を支えられる可能性があります。また、金融機関や生命保険会社での、そうしたチェックへの利用も考えられます。

人生100年時代のクオリティ・オブ・ライフ向上に、事業として貢献し、超高齢社会における課題を一緒に解決できたらと思います。

増田社長と守本社長
「JP行動宣言」で企業カルチャーを改革
社員の士気を上げれば、良い取り組みが自発的に生まれる

――増田社長が就任されたタイミングは、日本郵政にとって大変な時期でした。当時、特に意識された取り組みなどはありますか。

増田社長:当時は、とにかく謝罪のために頭を下げ、そこからすべての会話を始めていました。会社として、お客さまにご迷惑をおかけしたことは当然にしてお詫びをしなければなりませんが、真面目に働いている社員からすると、家族も含め肩身が狭い状況で、なかなか士気が上がりませんでした。

そのような状況の中で、経営理念とは別に、よりわかりやすく、フロントラインの社員や経営陣も含めて、これから目指す将来に向けた姿を表す、普段から使える言葉が欲しいと考えました。それが「笑顔」、「誇り」、「新たなステージ」から成る「JP行動宣言」です。この3つのフレーズを毎日確認することで、「今日もお客さまの笑顔のために頑張ろう」という気持ちが企業文化として浸透していくことを期待しています。

2022年7月の運用開始から約1年がたち、一昨日(注:対談は2023年11月に実施)、全国から良い取り組みを集めて表彰式を行いました。

候補者は自薦・他薦で公募し、約1,000件の応募がありました。郵便局で働く社員の気づきをCS(カスタマーサティスファクション)上の課題と捉え、社員主導でいくつも改善したというお客さまの笑顔に通じる取り組みであったり、社会のためにさまざまな団体と一緒に海岸清掃活動を実施した等の非常に良い取り組みが多数寄せられました。

表彰式には、全国から、入賞した83件の取り組みの代表者が集まり、本社見学や懇親会も行って、大変盛り上がりました。社員が自分たちの実践に誇りを持ち、胸を張れる、さらに良い取り組みをお互いに横展開させる機会となり、それがお客さまの笑顔につながっていく。社員の士気を上げれば、良い取り組みが自発的に生まれることを実感しました。

守本社長:企業にとって不祥事は影響の大きい出来事です。当社では、企業の有事対応支援を行っていますが、その際は、まずいち早く解決するための状況把握と対策を実施し、さらに次の成長につなげられることを見つけて支援します。

問題が起こる要因や状況は、成長への意欲と表裏一体の部分もあります。そこをうまくチャンスに転じさせられるよう、情報を拾い上げて事業に還元することが重要だと考えています。

増田社長と守本社長

――今年は「JPビジョン2025」の5カ年のうち、3年目に当たります。現時点の進捗と今後の展望についてお聞かせください。

増田社長:「JPビジョン2025」は2021年5月に公表しましたが、最初の1年間は不祥事からの信頼回復のための取り組みが中心で、どのように成長していくかというところは、その次になっていました。まだ不祥事がひと段落したと安心する状況では決してありませんが、企業としての成長力を高めて持続可能なものにすることに重点を移していきたいと思います。

もう一つ意識しているのは、「人的資本経営」と言われる、「人的資本」への投資です。中期経営計画の残り2年と、次の中期経営計画にもまたぐ形で、数年をかけて多様性の推進などに取り組み、経営や共創プラットフォームにも反映させていきたいと思います。

お客さまの声は宝の山
隠されたチャンスをAIで抽出し、経営に反映させていく

――日本郵政は「コンダクト向上」を目的に、FRONTEOのAI「KIBIT」を導入し、お客さまの声の解析・活用による経営課題の解決やサービス向上に取り組んでいます。その経緯や効果についてお聞かせください。

増田社長:日本郵政には直近3年間、平均で約550万件/年のお客さまの声が寄せられています。不適正募集が発覚した2019年度は600万件を超えておりましたが、その年度も含め、以前はそれらを人の目でチェックしていました。しかし、これは人間の努力の限界をはるかに超える件数です。

「KIBIT」の導入により、現在はお客さまの声を効果的に解析し、経営資源・経営課題に反映させられるようになりました。

お客さまの声には、ビジネスチャンスやこれからの改善項目、将来の成長のタネ、ヒントが埋もれています。

KIBITは、分析のために作成した4つのモデルできちんと整理して提示してくれるので、対応の判断などを的確かつスピーディーにしやすくなりました。経営会議でも月次で紹介し共有しています。

年間平均約550万件という膨大な宝の山を、本当に宝にしていく上で、KIBITの有効性を感じているというのが率直な感想です。

また、私が就任したころは、不祥事によるお叱りやお怒りの声が山ほどありましたが、怒りの声ばかり見ていると、怒りの声以外から拾うべき声をスルーしてしまいかねません。好意的な人たちはあまり声を上げないので、全体感を見失う懸念もあります。KIBITの活用で、客観的・公平な解析の観点からも、声を貴重な経営資源にするチャンスが増えました。

増田社長

守本社長:その企業に好意的だからこそ上がるお客さまの声もあり、正しい判断のためにはそれを見極める技術が必要です。チャンスは必ずしもチャンスの顔をしてやって来ません。

FRONTEOのAI技術で重要な声を拾い上げ、活用できるようにするソリューションを通して、全社的な成長戦略への支援や、社会に貢献するビジネスチャンスの発掘に貢献していきます。

成長力を高める取り組みにも重点を
「共創プラットフォーム」で社会課題を解決していく

守本社長:日本郵政は中期経営計画のPDCAの「D」の中で、「リスクテイク」を表明されています。長い歴史を持つ成熟した企業でありながら、チャレンジをする姿勢が印象的で、興味をひかれました。

増田社長:時代の変化の中で、公共分野に業務範囲を広げるなど、地域に必要とされる、「誇り」につながる取り組みをしようというものです。以前はトップダウンで物事が進むことが多かったのですが、今はできるだけ公募し、意欲のあるメンバーに自主的に手上げしてもらっています。

新たな部署である「JP未来戦略ラボ」(注:2021年7月設置)には40人ほどの若いメンバーが集まり、従来の在り方を少しでも良くするために意欲的にさまざまな検討をしています。リスクテイクというのは、自分たちの意欲をもっと前面に出そうという想いが込められています。

守本社長社員の意欲や自主性を引き出す素晴らしい取り組みですね。

増田社長:社員の声を引き出す取り組みとして、内部通報制度の改善も行いました。通報者への「犯人捜し」が起きないよう、外部機関を使い、安心して声を上げられるルートを整備しました。職場の心理的安全性を確立していくと、安心して内部通報できることに加えて、社員の働き甲斐につながると思います。

増田社長

守本社長:内部通報を行う社員は、会社のことを思うからこそという側面も強いですよね。

以前、あるクライアント企業に、離職予防を目的にKIBITを活用いただいたことがあります。社員が退職する理由はさまざまですが、会社への愛があり、仕事に誇りを持っていて、上司から見ると離職の心配はないと安心している社員が辞めていくケースがありました。理由は、責任感の強さです。仕事ではなくプライベートで悩みを抱えていて、会社やチームに迷惑をかけることを恐れて離職する方が半分くらいいます。そういう方々の声は、会社が楽しく、頑張っているようにしか聞こえません。しかし、ほんの少し、微妙に混ざる引っ掛かりを、KIBITが見つけて拾い上げます。

そうして当該の方と面談すると、抱えている悩みを打ち明けてくれ、問題を解決することができる。企業の宝である社員の声や熱意を拾うソリューションも、当社に行える企業への重要な支援だと考えています。

増田社長:社員の声と言えば、フロントラインの人たちの声は新鮮です。現在、2週に1度程度で地方や離島などに赴いて対話をしています。そこで出てくる意見には、「やっぱりな」「こんなことがあるんだ」といった多くの発見があります。

地域の方にとって、行きやすく身近な存在は郵便局。先ほどの話のように、機器やテクノロジーを活用し、日常生活の中でいろいろな異変や兆候を発見することができるのであれば、郵便局は社会の大切なインフラとなります。

同時に、郵便局の窓口にモバイル端末などを配備し、汎用性を高くして多機能性を持たせ、24時間365日サービスに対応できるようにしたい。リアルの郵便局ネットワークとデジタルが融合した「共創プラットフォーム」を目指しながら、お客さまと地域を支えていきたいと思います。

今後もいろいろ情報交換をしながら、一緒に共創社会を作っていきましょう。